Category : 性に狂った女と女に狂わされた男

めかけが密通して、主が殺害された事件

江戸時代には、一夫多妻制が認められていましたので、裕福な武士たちの中には、側室を持つものも少なくありませんでした。当時の大奥などでは、出産に向かないということから側室が30才になると、夜のおつとめは「お役御免」となるのが普通でしたので、妾(めかけ)になるのは10代、20代の女性たちです。性的には興味津々の年頃ですので、複数の男性と性的関係を持つ者もたまにはいます。一人の女性を抱く男性が複数いれば、問題が起こるのは当然のこと。殺人事件に発展するケースもありました。

愛人を寝取られた仕返しに主を殺した男の話

戸田平左衛門という旗本は65才の老人でしたが、妾(めかけ)のお華は22才のピチピチのセクシー娘。平左衛門の寵愛を受けていました。ある日、平左衛門とお花が寝ているところに、源蔵という男が押し入り、平左衛門の首を刀で一突きにして殺してしまいました。源蔵は戸田家に仕える者で、家臣が主君を殺害したのです。 主を殺した理由を問われた源蔵は、「愛人を寝取られた恨みを晴らした」と答えました。

実は、お華はもともと源蔵といい仲にあったのです。源蔵と密通する間柄にありながら平左衛門とも性的関係を結び、二股をかけていたのです。当時の女性にとっての幸せは、身分の高い人の妾になること。当然のことながら、源蔵よりも主の平左衛門の方が身分が上です。お華は、源蔵との関係をつづけるよりも平左衛門の側室となった方が幸せだと判断し、関係を絶とうとしていました。嫉妬にかられた源蔵が、凶行におよんだといういきさつでした。

ふたりとも磔の刑にて死罪となりました

主を殺した源蔵は、当然のことながら死罪となりました。かわいそうなのはお華。単に二人の男性と性的関係を持ち、お金持ちの方をとっただけなのに、源蔵と同じく、磔(はりつけ)の刑に処せられます。不義密通をして主殺しの原因を作った、という罪に問われたのです。 武家の世界でも、不義密通はときどき起こっていたようです。

ただ、一般的には表ざたにせず内々に処理されていました。奉行所に裁かれると、お華のように「死刑」を言い渡されることが少なくなかったからです。「建前」が大切にされた時代ですので、公の場で裁判されれば重い刑にするしかなかったのでしょう。

65才でも22才の女性を抱けた!?

それにしても「スゴイ」のは戸田平左衛門。65才にして妾(めかけ)を作ったということは、下半身が十分役にたっていたということです。現代の65才はEDになる人がとても多いのが実情です。バイアグラやシアリスなどのED薬でも使わなければセックスできないのが普通でしょう。男性も女性も性欲には終わりはないとも言われます。「勃たないからできない」というのでは人生が豊かになりません。その気があるのなら、薬に頼るのはむしろ良いことと言えるでしょう。

江戸時代には、側室が二股をかけるということもありました。それが原因で殺人事件が起こることもあったのです。痴情のもつれは、時代に関係なく起こってしまう問題のようです。

Recommend