Category : 「張形」を楽しんだ江戸の女性たち

張形で「あらばち」を割った、もったいない女たち

江戸時代には、処女のことを「新鉢」(あらばち)といい、初体験で処女膜を破ることを「新鉢を割る」といいました。当時の男性たちも、処女との性交を有難がっていたため、「新鉢を割る」のは貴重な経験です。一方、女性たちは性欲をためすぎるのは体に悪いと考えていて、処女のままセックスをしないでいる女性も、張形に処女を捧げて、性欲を発散することもありました。

先輩女中から張形の使用方法の指導をうけていた!?

女性は性欲が発散できないでいると、肌が荒れたりふきでものができたり、ヒステリックになったりすると言われますが、江戸時代にも性欲のたまりすぎは「体に良くない」とされていました。そのため、男子禁制の大奥などで働く、ふだんは男性との接点がほとんどない女性たちには、先輩女中から性欲発散法についての指導もありました。

「張形で水揚げをする惜しいこと」「張形で新鉢を割る惜しいこと」という川柳があります。どちらも、「張形」で処女を失う女性のいることを惜しんだ句です。世の中には、飢えた男がいくらでもいるのに、男性との性行為ではなく、張型とセックスして処女膜を破るのはもったいない、と嘆いています。

張型に破られた処女は、まだ処女?

「にせものでしたのは傷にならぬなり」という川柳もあります。「にせもの」とは張形のことで、張形とのセックスで処女喪失したのは、処女喪失ではない、まだ処女だ、と歌っています。処女膜の有無ではなく、男根を挿入したかどうかで処女かどうかが決まるから、張形で経験した後でもまだ価値がある、ということなのでしょう。

「待ちかねて骨先生を買う娘」という川柳もあります。「骨先生」とは、牛の角で作られた張形のこと。結婚してセックスをするのが待ちきれなくなった娘が、張形を買ってしまった、という内容の句です。江戸時代には、女性は15才前後で嫁入りに行くことが多かったので、13、14才から張型を使う人もいたようです。張形でのオナニーをし過ぎて大きなモノが好きになってしまい、「結婚後の性生活がうまくいくだろうか?」と心配する若い女性もいました。

女中の性欲発散のため、張形の使用は先輩女中から後輩に対する指導の一環として行なわれていました。若い女中たちが張形を使うのは普通のことで、性体験のない女性でも、張形の快感を知っていたようです。

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