Category : おかしな日本のセックス事情

妾はれっきとした「仕事」だった?

妾と言えば、今でいうところの愛人です。本妻がいて、武家やお金持ちの商家の旦那が吉原からおいらんを身請けする。これが一般的だったと思われています。しかしそれは違います。じつは普通のきれいな娘でも、妾になることができたのです。

妾のメリット

じつは、めかけはとても割のいい「仕事」だったのです。まずはお手当。これが毎月だいたい50万円くらい。当時、女中として住み込みで働いたとして月2万円ていど。いくら食費と住居費がタダとはいえ安すぎです。しかも働き口はお茶屋の看板娘くらいしかありません。妾は人気職業だったんですね。

めかけ派遣システム

さらにそれを推進するシステムがありました。口入屋(くちいれや)という仕事紹介システムです。これは妾だけを紹介するものではなく、あらゆる人の様々な仕事を紹介しました。口入屋からの紹介であれば、身元もハッキリしており、問題ごとも仲立ちしてくれるすぐれもの。

もちろん登録が必要で登録料、手数料はとられるようです。ここで妾の仕事を紹介され、旦那様とめぐりあう女性も多かったようです。おいらんの身請けの場合は、ほぼ永続的に養ってもらえましたが、口入屋の場合、2か月契約だったようです。旦那様の気持ちしだいでつづくかどうかが決まります。もちろん「ハケン妾」もあの手この手で旦那様をとりこにしました。

自作で張形を作ってそれを入れながら肛門の括約筋をギュッと締める。そして緩めるという繰り返しをしてホールの中をきたえたのです。それが「キンチャク」と呼ばれる名器を生んだようですね。妾業もそれなりに努力が必要だったようです。だから貰ったお金すべてで遊ぶのではなく、芸事を習ったり、一般教養をみがくためにさまざまな書物を読んだりしていたそうです。

旦那としても、美しくて賢く、そして小粋な妾がいることがステータスにもなるため、とてもいい妾になれば、有期雇用契約ではなくずっと養う約束をしたりしたそうです。色気が仕事になった時代ですね。もちろんホステスやキャバクラ嬢もそうですが、妾は一種の「文化」として定着していったそうです。江戸時代までは、周囲も妾に敬意をはらっていたそうです。

こうして文化として定着すると、今度はライト感覚で妾をやとうシステムがあったようです。月に行く日にちが決まっている妾です。つまり数人の旦那と契約を結ぶもので相場よりずっと安く妾を持てたようです。もちろん旦那のほうも野暮なことは聞かず、暗黙のうちにそのいっときを楽しんだようです。

妾のその後

妾を卒業した場合、どの女性はどうなったのか?まずは芸事のお師匠さんになる、これが多かったようです。次にやり手婆になる。これは遊郭でそこで働く女の指導にあたるのです。今までの経験も生かせて一石二鳥だったようです。妾業でお金をためて遊郭の女主人になったつわものも居たとのこと。女性はたくましいですね。

どんなにたくましい女性でも、やはり男にたよりたいのが本音です。女を売る妾の女性も本当はだれかに寄りかかりたかったのかもしれませんね。おいらんや妾をテーマにした歌舞伎や文楽もたくさんあります。江戸時代の性はエロスだけでなく文化にまでなっていたのですね。いつの時代もたくましい男性はモテるもの。あなたらしい「たくましさ」を磨いてみてはいかがでしょうか。

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