Category : おかしな日本のセックス事情

江戸時代の愛撫方法が新しすぎる!?

江戸時代には、性に対する倫理観は今よりもずっと軽やかだったと言われます。男性同士の性行為は、一種の「たしなみ」として公認されていましたし、乱交も必ずしもタブーではありませんでした。男の浮気は基本的には「おとがめなし」で、女性の不倫に対してもそれほど厳しい目線はありませんでした。銭湯には女性のアカスリがいて、ベニスも丁寧に洗ってくれて勃起すればそのまま挿入させてくれるということもあったようです。混浴が基本のため、しばしば「過ち」もありました。お風呂で出会った男女が、「裸の付き合い」をしてしまうのです。

地方の農村には「夜這い」の習慣があり、村の女を男たちが共有していて、入り乱れた関係が成立していました。日常生活の中に「性」が当たり前のものとしてあったので、セックスの技法もさまざま研究され発展しています。前戯としての愛撫も、いわゆる「性感マッサージ」のようなテクニックが開発されていたのです。

性習慣で磨かれたテクニックがあった!?

現代人は、セックスについて公然と語り合うことはあまりありません。江戸時代には性に対してずっとおおらかであったため、「情報交換」が密だったと考えられます。現代でも、アダルトビデオなどを通じて技法を学ぶことはあるでしょうけれど、やはり「生」の体験には及びません。「夜這い」においては、一人の女性が何人もの村の若者と交わるために、比較もされます。

「権兵衛の突きは奥まで感じて良かった」「又兵衛の指先は敏感で背中の愛撫が最高」「佐助の舌の動きは絶品でおさねを舐められるだけで何度もイカされた」と吹聴されたりもしたでしょう。男たちは神社や寺に集まって、誰がどんなやり方をしているのか研究したり、先輩が後輩に指導したりもしたはずです。

都会では隣同士が薄い壁一枚ですので、セックスの音は丸聞こえ。どこの妻が毎晩イカされているのか、どこの妻はあまり大事にされていないか、といったことも筒抜けになります。互いに隠しだてはできないからこそ、あっけらかんと性の情報交換をしていたでしょう。そうした中で、愛撫方法が磨かれていきました。

アダムタッチは江戸時代からあった!?

セックスカウンセラーのアダム徳永さんが広めたアダムタッチ。ソフトに円を描くように女性の体を丁寧に愛撫する前戯法ですが、アダムさんが開発したものではありません。江戸時代には「掻戯」(そうぎ)と呼ばれ実践されていたのです。肌に触れるか触れないかの微妙なタッチで、江戸の男たちは女を昇天させていました。

「撫戯」(ぶぎ)は文字どおり撫でること。安心感を与えるような愛撫です。舐戯(ていぎ)は舐めること。乳首やクリトリスだけでなく、アナルも丁寧に舐め回しました。咬戯(こうぎ)は、甘咬みすること。乳首はもちろん、ふくらはぎや首、内ももなどを軽く咬むことで女性を高めます。さらに、打戯(だぎ)。叩かれることで女性器やアナルがキュッと締まり、男も女も感度がアップするのです。

江戸時代に開発された愛撫方法は、今でも十分効果を発揮するものばかり。ソフトなタッチもあれば、噛んだりひっぱたいたりといった技法をうまく使って、性生活を盛り上げていました。

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