Category : 江戸時代にもいた淫乱な女たち

団子屋の看板娘を見たさに・・・

今も昔も「若くて色気がある」娘は人気がでます。そして食べ物屋であれば、その娘をみたさにお客がくる。まさに看板娘のシステムですね。当時、谷中の茶屋で働いていた町娘がお仙だったのです。

団子も食べないでよだれを流していた?

まずは、足首が細く、おもながで切れ目だったようです。足首の細さ、美しさは小粋な江戸女の条件。よく小股の切れ上がったいい女といいますが、これは足首の細さとお尻のラインの美しさのことです。とにかくスタイル抜群(といっても当時は着物なので全体的に痩せてほっそりです)で、顔立ちも美人。たちまち江戸じゅうに知れわたり、行列ができるほど、その茶屋は繁盛しました。

彼女みたさに来た客は、団子も食べずにお仙に見とれたのです。まずはお団子を買わないと話もできない。それと、やはり馴染みの客は大切にしたようです。よく通ってくれるお武家様などには、お仙も軽口をたたいたりしていたようです。 愛嬌があって、きどらないしかも性格もいい。実は彼女は淫乱ではなかったのですが、周りが放っておかない、いわばフェロモンを出し続ける女だったのです。

とうとう浮世絵のモデルに

あまりの評判に目をつけたのが浮世絵師。彼女を描かせてほしいとお茶屋の主人とお仙の両親に頼みます。5両とも10両ともいわれるお金で彼女はモデルになることになりました。これはまさに、現代でいうところの有名男性誌のカバーガールになったようなものです。 これで彼女の人気は不動のものになりました。さいごには、旗本の武家に嫁入りしたというのが通説のようですが、じつは彼女には転落人生があったという諸説もあったのです。

人気がありすぎて女の嫉妬を買った

彼女は裕福な商家にとついだようです。旦那とはとてもうまくいき、相思相愛で恵まれた日々を送っていたそうです。 彼女の運命が変わったのが「子供がなかなかできなかったため」です。まずは姑からの嫉妬を買いました。もともと息子を取られたという気持ちがあったところに子供ができない。あととりができなければ商家といえども立ち行きません。そこに美しい嫁という嫉妬がからみます。

姑はまず、若い番頭に命令し、お仙をてごめにさせます。お仙はもともと素直で一本気な女性。心のきずも深かったようです。それにつけこんで、姑はたびたび番頭にお仙を犯させます。そして、ある日その現場を旦那に見られるのです。 もちろんこれも姑の策略。これを見た旦那は、お仙がその番頭を誘惑したと勘違いし、お仙を離縁し、家からたたき出してしまうのです。

出戻りの彼女を待っていたのは・・・

失意のうちに実家にもどったお仙。身もこころもズタズタでした。しかも出戻りしたことで、あらぬウワサ話まで出ていたのです。 「お仙は淫乱で、若い番頭をくわえこんでそれに激怒した旦那に離縁された」このウワサも旦那の母親が流したものです。女性同士の嫉妬は本当にこわいですね。しかもこのウワサによりお仙は好き物、というレッテルが貼られました。このため、お仙は町にでることもできず、徐々に追いつめられます。

そして、お茶屋時代の熱烈なファンの町民から付け狙われ、とうとう喉を食いちぎられて殺されたそうです。理由は「自分のなかの清純なお仙のイメージをけがしたから」でした。まさにストーカー殺人です。 笠森お仙。ハッピーエンドな結末だったのか、それともこの悲惨なラストか。いずれにしろ、女性のフェロモンには男を狂わす何かがあるのでしょうね。

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