Category : 江戸時代にもいた淫乱な女たち

奥女中たちの涙ぐましい淫行努力

川柳や春本などでは、大奥の女中たちはみな淫乱で男に飢え、張形を使ってマスターベーションにふける者ばかりだったとか、女性同士で慰め合っていたなどと描かれています。しかし、実際には1000人前後いたと言われる女中の多くは貞淑で、性的に奔放だったのは一部に限られていたようです。「一部」の淫乱な女性たちの所業がかなり大胆だったり派手であったりしたため、女中が皆セックスに飢え、男あさりばかりしていたように描かれることになったのでしょう。男性の入ることが禁じられている場所で性行為を行うというのは、簡単なことではありません。そこには涙ぐましいほどの努力がありました。

小僧に女装をさせて中に引きいれ、性行為にふけった女中たち

松浦静山の「甲子夜話続篇」には、大奥の肥桶から胎児の死体が見つかった話が載せられています。それによると、秘密裏に出産したのは奥女中の一人。年中男子禁制の奥の間ですごし、外出もめったなことではできないのに、どうして妊娠できたのかを調べると、意外な策略が明らかになりました。女中たちは外出することはほとんどできませんでしたが、家族の供養のために尼を招いて読経してもらうことはできました。そこで、ある女中は美男の少年僧に女装させ尼のふりをさせて局に呼び寄せ、セックスのお相手をさせていたのです。

何度も呼びつけては、一晩中性行為のお相手をさせます。少年僧にとっても、これは願ってもないチャンスです。僧といえども若い性欲を抱えています。隠れて思う存分それを発散できるので呼び出しがあれば喜んで出かけていきました。

コンドームのない時代ですので、うまく避妊ができないため何度も繰り返し性行為をすれば妊娠は避けられません。しかし、男性と接していないことになっているので、妊娠してしまえば「違法行為」がバレてしまいます。それで、女中は密かに出産して肥桶に嬰児を捨ててしまったのです。この事件以来、大奥に入る尼僧は湯殿で身を清めさせられ、体を見分されて男性でないことをチェックされるようになりました。僧たちにとっても、密かな楽しみが途絶えてしまいました。

女中たちのお寺詣りは淫欲目的だった!?

延命院というお寺は、女中たちの間では、性的欲求不満を解消してくれる便利なお寺でした。参拝した女中たちがなぜかすっきりとした顔になって戻ることをいぶかしがる人も少なくありません。実は、女中たちがこの寺の僧侶たちと性行為にふけっていたのです。寺にはいくつもの隠し部屋があり、性欲をためた僧と女中とが密会することができました。噂が噂を呼んで多くの女中たちが行きたがり、中には妊娠してしまう者もいたため奉行に目をつけられて、セックス寺であることが発覚してしまいました。住職は死罪となり、以降寺での淫行はできなくなりました。 多くの女中たちの多くは貞淑に務めを果たしていましたが、中には性的欲求を抑えることができず、策略を練ってセックスしていた人もいたようです。

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