Category : 江戸時代にもいた淫乱な女たち

「腎張」は江戸の精力絶倫たちのこと!?

今と同様に江戸時代にも、精力溢れる人もいれば弱い人もいました。ただ、現代ほどには弱い人はいなかったでしょう。最近は20代でもEDになる人がいるらしく、バイアグラやシアリスなどの薬を必要としているそうですが、江戸の男たちの下半身はかなり元気で、50代、60代になっても、絶倫ぶりを発揮する人が少なくありませんでした。

江戸時代には「腎張」(じんばり)とか、「腎虚」(じんきょ)といった表現がありましたが、激しいセックスに関するものです。そんな言葉があるくらいですので、男も女も、かなり頑張っていたのでしょう。

やり過ぎて亡くなる人もいた!?

女性の中には性交の最中に、「死ぬ、シヌー」と叫ぶ人もいるそうです。あまりにも感じすぎて呼吸困難となり苦しくなるのでしょうけれど、「死ぬ」と聞いて男性がピストン運動をやめてしまうと、女性の気分を損ねます。そのようなときには、思いっきり死なせなければなりません。女の「死ぬ」は、「もっともっと」と同じ意味です。

「イキ過ぎて死ぬことなんてありえない」と現代人は思うのですが、江戸時代にはそうでもなかったようです。江戸の言葉に「腎虚」という表現がありますが、腎臓が弱いという意味ではありません。落語や小話、川柳などでは、性交のし過ぎで体が弱り死んでしまう人のことを指しています。女が強すぎて婿が次々と衰弱して亡くなるというストーリーの、「短命」という落語もあります。江戸の女たちは、さぞかし貪欲に夜の生活を求めていたのでしょう。

強すぎるのは男も女も「腎張」といった

頑張りすぎて弱るのが腎虚なら、底無しに頑張れる人は「腎張」です。春画(エロ画像)や春本(エロ本)には、腎張がしばしば登場します。一晩に何度も立たせることのできる精力絶倫の男性を指しますが、何回でも受け入れて、何度も求め続けイキまくる「女性」のことも差しました。 現代の「精力絶倫」は、一般的には男性に使う言葉ですが、江戸時代に「腎張」は、男女共通で使われました。きっと、エロくてセックス好きな女性が結構いたのでしょう。

腎張の代表格は小林夫妻!?

江戸時代の精力絶倫の代表格と言えば、小林一茶。「やれ打つな 蝿が手をする 足をする」といった可愛らしいタイプの句で大人気となった俳人です。一茶は有名であったものの貧しく、江戸での生活では妻をめとることができませんでした。年を取るまでオナニーばかりしていて、実は童貞だったという説もあります。50を過ぎて出身地の信濃で暮らし始めたところ、村の人たちから「名士のために嫁を」と世話をしてもらい、若い妻をもらいました。

一茶52才で、妻は28才。年の差24才のおいしい結婚です。たまりにたまったものを一気に吐き出したのでしょう。毎日何度も性交しました。マメな一茶はそれを日記に記したのですが、たとえば、1814年の8月15日から22日までの一週間は毎日し続け、計22回も性交しています。死ぬ直前までセックスしていた一茶は、もちろん「腎張」ですが、それを受け入れた妻も腎張だったと言えるでしょう。 江戸時代にはセックスの強さの表現がありました。男も女も強い人が大勢いたのでしょう。

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