Category : 江戸時代にもいた淫乱な女たち

春を売っていた神社の巫女たち

現代のわが国には多くの性風俗が存在します。実質的に売春が行われているソープランド、手や口や「すまた」で射精させてくれるファッションヘルス。ホテルで性的サービスを提供してくれるホテトルは、出張タイプのソープランド。デリヘルはホテルや自宅に来てくれる、ファッションヘルスです。飲食店でドリンクを飲みながらフェラチオなどのサービスが受けられるピンサロ。見るだけのストリップ、などなど。

こうした一応公認されたものに加えて、「援助交際」「援交」と呼ばれる個人による違法な売春もあります。わが国の性風俗はとてもバラエティ豊富で、イマジネーションも豊か。さまざまな工夫がなされています。世界でもっともセックス産業が盛んな国なのでしょう。こうしたビジネスは近代に発展したものですが、まったく新しいわけではありません。源流となっているのは、江戸時代の風俗です。その中心にいたのは、実は神社の巫女たちでした。

売春は「神」とつながっていた!?

売春自体は古代からありますが、江戸時代には性風俗にさまざまなバリエーションが生まれました。高級娼館である遊郭を頂点に、岡場所(おかばしょ)、夜鷹(よたか)、湯女(ゆな)、船饅頭(ふなまんじゅう)、飯盛女(めしもりおんな)、枝豆売、意和戸(いわど)などがありましたし、農村部には村中でセックスを共有する「夜這い」のシステムも発展しました。こうした性風俗の大元は神社にあります。

神社では、神の品位を保つためにも、美しい処女を巫女として採用します。ただ、巫女はずっとヴァージンであるわけではありません。神事の一貫として、村人とセックスすることもしばしばあったからです。巫女と下半身でつながることが、神とつながることになると考えられていました。イザナギとイザナミが性交することで「国つくり」をしたという故事にならってのことでしょう。

巫女たちは年を取って引退すると、神社の周りで売春婦として働いたりもしました。普通の女のヴァギナではなく「神とつながっていた」ものですので、元巫女の売春婦は「ありがたい」と人気となります。ただし、風紀が乱れるため江戸時代においても売春は違法です。遊郭などの「公認」のもの以外は認められませんが、神社の管轄内は「治外法権」。幕府の規制が及びませんので、神社の周囲で元巫女たちは商売をしていました。

巫女とのセックスは古代からあった!?

古くからわが国の祭の多くで、交接が行われてきました。セックスすると子どもができるという神秘は、古代人にとっては神のわざです。神事と性交が一体となるのは当然と言えば当然でしょう。筑波山で行われる「かがい」という祭では、性を解放して、集まった人々が誰とでも何度でも交わって良いというものでした。宇治の「種もらい祭」は、その名の通り、女たちが「種」をもらいに来る祭です。次々とペニスを受け入れ射精してもらうものでした。さまざまな地域で祭の中心に性交が置かれていましたが、その主役として活躍したのが巫女たちです。神事の一つとして舞を踊り村人たちを興奮の渦に巻き込んだ後、順番にペニスを受け入れました。 そうした背景があるために、たとえば、伊勢神宮の周りには性の歓楽街が成立したのです。

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