Category : 江戸時代にもいた淫乱な女たち

恋のためでなくセックスを求めていた?八百屋お七の物語

「もう一度火事になれば、あの愛しいお方と会える」そう思って火をつける。これが世間でよく言われている八百屋お七の話。落語や歌舞伎などでもあつかわれるテーマは、悲しい恋の結末です。

本筋にも諸説あり

じつは、この本筋にも諸説はあるのです。火をつけたのは、火消しの男に会いたかったから。火は実際にはつけていなかったが、火事を知らせる半鐘を鳴らしたとするもの。あまりに諸説があるのは、それほどこのお七が魅力的だったからかもしれません。

しかし、基本的におおいのは、「もう一度、あの愛しい方に会いたい」という恋心と純粋なひたむきさです。娘のいちずな愛のゆくえとも言えます。だからこそ、今日の世まで語り継がれ、悲恋として有名なのでしょう。多分、日本人の美意識がこのような物語をつむいだのでしょう。

ブラックお七

じつは、全く別のお七の物語もあるのです。あくまで俗説で信ぴょう性もあまりないのですが、このお七が実に人間らしいのです。

お七はもともと、「愛にどんよくな女」だったのです。ストレートに言えば好き物だったのです。とにかく若くてたくましい男がいれば、すぐに言い寄って自分のものにしてしまう。濃密なセックスを楽しんだあと、その男に飽きるとすぐにその男を捨てて次の男に走る。性のテクニックもバツグンで、彼女のあそこはミミズ千匹と言われていたとか。とにかく男たちの恨みを買っていたようです。

ただし、そこはお七も手慣れたもの。うまく男たちを手玉にとり、危ない男は別の男を使い、殺させたりしたようです。それを恐れた人たちは、もうお七に対して手を出せなくなりました。

なびかない男 庄之介

ところが、そんなお七にまったくなびかない男がいたのです。寺小姓の庄之介です。彼は身の締まった無口で無骨な男だったそうです。ちょっと影のあるその男にお七はいつもの通りコナをかけます。 ところがまったく庄之介はなびきません。もともと、お七の良くないウワサを耳にしていた庄之介は、彼女のことを良くは思っていませんでした。

しかし、引き下がれないのはお七です。いままでなびかなかった男はいません。初めての敗戦です。お七も意地になり、とうとう実力行使に出ます。そのときの庄之介のいいなずけを、他の男に犯させて、その場面を庄之介に見させるのです。庄之介は失意のどん底に落とされました。その姿をみて、お七もまんぞくし、庄之介から興味がなくなったのです。

男の意地

庄之介は許嫁のかたきを討つと決めました。まず、奉行所の助けを借ります。奉行所に今までのお七の悪行をすべて告げ、ある秘策を代官にはなしました。普通の手段ではもう、お七を止めることはできない位でした。まるでヤクザの組織ができあがったような状態。奉行でもなかなか手は出せなかったのです。

そこで、奉行所のイケメンナンバーワンの吉三をおとりに使います。いい仲になった頃を見計らって、お七とあいびきしている場所に、吉三は火をつけます。そして、待ち構えていた奉行所の役人に「火つけの犯人」として引き渡したのです。状況からみてお七は言い逃れができない状況。そしてお七は火つけの犯人として処刑されたのです。

この話が純粋無垢な悲恋となったのは、お七の配下の男たちが、親分へのはなむけとして、ウワサを流したというのがこの説のオチでした。しかしこれはあくまでも俗説。やはり八百屋お七は恋に焼かれたと信じたいのが、男のさがなんでしょうね。

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